遅くなりましたが、前記事の続きとなります。
流れは右手にかわり、道は傾斜を増していきます。
かつては炭焼きが盛んだった森は、美しい二次林の森をつくっています。
往時の山人たちが、良く山を知り共に生きた証だと思います。
美しい木肌の木が二本、寄り添うここは好きな場所です。
左が若いトチノキ、右側がシャラノキ(ナツツバキ)です。
シャラノキは美しい花を咲かせる木ですが、樹高の高い木では気づく人も少ないと思います。
ふれずにはいられぬ樹皮ばかりでなく、見上げる新葉、秋の紅葉も美しい木です。
少し進むと今度は三本、寄り添う木たちに会います。
太い一本がカラマツ(とても素性の良い天然カラマツ)、奥がトチノキ、手前がシャラノキです。
三本の木々(ばかりではありませんが‥)が造り上げる美しい樹冠です。
この山に限ったことではありませんが、木々はこのように互いを支えるように生きています。
極相の林、人口の林が時に美しく目にうつったとしても、私はそれを森と言葉にするのをためらいます。
森は木々だけでなく、そこに営む鳥やけものたち、林床の草花、そこを訪れる虫たち‥
私には計り知れないものたちが、私に「森」という言葉を選ばせていると思います。
森には願いがあると思っています。 私には森で生きる力はありません。
ただ願いだけは共にありたいと‥ それこそが願いです。
登り進んでいくと、やがてこの山に似つかわしくない景色に出会います。
2000年当時の事だと記憶します。 「森の巨樹たち100選」林野庁の企画です。
この樹に「こぶ太郎」という名を後付けしたのも、展望デッキを設けたのも私の住む町です。
当時樹齢推定250年、樹高22m、幹周5.3m。 見事なトチノキです。
「森の巨樹たち100選」の選定後、この山この巨樹巨樹を訪ねる登山者は右肩上がりに増加しました。
折からの登山ブームも拍車をかけたと思います。
トチノキへ近づくには登山道をそれて、沢筋に降ります。 (脇の緑はヤマトリカブトです。)
これがその道の様子ですが、いかがでしょうか。 落ち葉が形も留めぬほどに踏みしだかれています。
子供たちが小さい頃、この樹の傍でスケッチをしたりして遊びました。
沢筋に溜まる落ち葉は厚く、寝ころべば人ひとりを隠すほどでした。 その幹にふれることもできました。
この山に棲み暮らす人は皆無です。
どんなに登山者が多い時でも、この山に棲む鹿の数には及ばないと思います。
にもかかわらず、日中その姿を見ることは殆どありません。
私は周囲の里山でも鹿道(けもの道)を辿ることが多いです。
里山には鹿罠が仕掛けられていることも多く、皮肉なことに、けもの道が安全だからです。
その小さな蹄であっても道跡はつけます、とてもたどれぬ傾斜地では小さな崩落も起こします。
それでも人足が残すような、修復が困難なような痕跡は見たことがありません。
これは高山の岩稜よりは、このような里に近い山岳で顕著となります。
山は地殻の隆起だけではないことを、人足が大きく時に乱暴であることを、私たちは知らねばなりません。
空は薄曇り、谷筋はこんな日の方が明るいものです。
それでも急に眼前が明るくなる時があります。
頭上低く、ハウチワカエデが光の傘をさしかけたからです。
向かいの斜面にダケカンバの幹が目立ちはじめ、目指す木が近づきます。
標高は1400m程となります。 ちなみに茂来山の山頂は1717mです。
これが私が会いたかった木です。 巨大なトチノキです。
登山道脇に立つので、足元ばかり見ていて気づかぬ登山者もあるようです。
幹回りは前出の「こぶ太郎」よりずっと太く、樹齢もずっと重ねていることでしょう。
両の腕を広げるようにつくる樹冠は大きく、長いところなら25mを越えていそうです。
こぶの上にニリンソウが安心したように咲いています。
このトチノキの上では、多くのいのちが息づきます。
コケ類、シダ類、顕花類、蔓性の木、菌類‥ それは「こぶ太郎」が子供にみえるほどに多様です。
力枝にノキシノブが元気に着生しています。
ふだんノキシノブに会いに行くのは、ミソサザイの谷の石灰岩の露頭だったりします。
この樹は無冠です。 「森の巨樹たち100選」でもなければ、山の神でもありません。
まだ町村合併がされる前、この山が隣町であった頃に教育委員会がまとめた冊子があります。
町内の50数本の巨樹を調査し編集されたその本には、茂来山からも8本が選ばれています。
まだ無名だった「こぶ太郎」も掲載されているのに、不思議にこの樹はないのです。
しかしこの木には古くから土地の人が呼んだ名前があります。
「大王トチノキ」がその名です。 知った時嬉しかったのを覚えています。
ここからは私の想像です。
この木はこの沢の多くのトチノキの親木ではないかと思っています。
もしかしたら「こぶ太郎」子供の一本かもしれません。 樹齢的にも最長老です。
この木は標高的にも一番上で、その先には並ぶような巨樹の存在がありません。
この木のやや下方に古い炭焼き窯の石積み痕が残っています。
山で木を伐る際に、山人は「山の神」を祀り許しと安全を願います。
私も林業従事者であった頃には、略式ながらそれに習いました。
この木はそうした伐採現場の上手にあったことから、「山の神」の一木とならなかった。
しかしながら、この沢を統べるような威容から「大王」と呼ばれ慕われたのではないか。
この木の前に立つと、「星の王子様」の物語が浮かびます。
星の上のバオバブではなく、この木自体が小さな星に重なります。
十分な時間を好きな木の傍らで過ごして、下ることにします。
下山は少し端折ります。 次の写真はすでに「こぶ太郎」を過ぎています。
ジャニンジンが並んでいました。
似たような花は多くありますが、羽状に全裂する葉はこの種だけです。
花だけだとこの通り、多くの花と重なります。
ミヤマハコベです。 こちらも里のものに似たものが‥
小さなナデシコ科の花はどれも良くにているものですね。
雰囲気の違いで気づく花ですが、気づかぬ人も多いかもしれません。
少し花時期は過ぎていました。 サナゲイチゴです。
木苺らしくない葉が特徴的ですが、場所を選ぶのか多く見る花ではありません。
花は1センチ程と小さなもの、その実も小さいです。
漢字だと「猿投苺」‥美味しくないのかな? 口にしたことはありません。
エイリアンの顔のような葉がそこかしこに。
初秋の花時期には花にばかり目が行きます。 ミズヒキです。
登山度を離れ林道に戻っています。
かなりお気に入りの花、ホソバノアマナが一株。
この繊細な筆遣い‥ いかがでしょうか?
あと一年は会えないと思っていたアカネスミレが一輪。
この一日はこの一輪だけでも悔いのないものになる、ほどの再会^^
もうこの辺りは車止めのゲートが近い。
キバナハタザオです。 絡んでいるのはボタンヅル、夏の気配はそこまで来ています。
アブラナ科の花はどれも良く似すぎるなあ‥ 止まるのはカメムシの幼生?です。
幼子にだけでも名札を付けてほしいと思うのは‥私だけ?
林道を下っていくと(登っている時もであるが)、大きな露頭の下に洞を見ます。
車だと気づかないだろうけれど、今は通れる保証はなく、皆手前で車を降りているようです。
実はこの露頭はツツジが飾る場所でもあります。
ミツバツツジはすでに花を散らした後でしたが、ヤマツツジは始まったところでした。
私は地学に明るくないので、この洞の成因はわかりません。
石灰岩質の岩から、鍾乳洞様の洞ではないかと思っています。
その奥は暗くはかることはできません。
山清水か湧水か一年変わらぬ水位を溜めて、その水は濁ることがありません。
あとは林道を下るだけの道。 薄曇りながら傾いた傾いた陽が影を落とします。
陽を受けて明るかったのは、カラマツを登るツタウルシ。
秋には美しく染まってくれます。
とても長くなってしまいましたが、これで「茂来山から‥」の連作を終わりにします。
だいぶ端折って、ご紹介できなかった木々草花もありますが、それらはまた機会を得ましたら‥
このとりとめのない長い記事にお付き合いくださった方々には、感謝申し上げます。
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