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冬に咲く‥  ホトケノザ

初雪も降りて、いよいよ本格的な冬がやってきました。

木々は長い眠りにつきますが、草花の冬越しはもう少し複雑です。
すっかり地上から姿を消すもの、枯れた姿に実や種を残して立つもの、ロゼットで寒さを耐えるもの‥

そして僅かですが、この季節にも新たに花を咲かせるものもあります。


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ホトケノザもそんな数少ない野草のひとつです。


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ホトケノザは春から初夏に盛んな野の花です。 
夏草が背丈を競う盛夏から秋までは一刻姿を隠したかに見えます。


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穏やかに晴れた日中は気温が上がり、小さな羽虫や甲虫は動き出してしまいます。 
そんな小さな命のよりどころが用意されているようで嬉しくなりますが…
それはまた、私の心の寄りどころであるのも確かです。



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# by moraisan | 2025-12-07 02:59 | 山野草・樹木 | Trackback | Comments(0)
振りかえる秋 失われた秋‥

この国は四季がある。 幼少の頃からそう教えられ、どこか誇らしく感じて生きてきた。
他の国も知らないのだから、そこに何の根拠もないのだけれど‥
ただ四季の移ろいは、この世界の美しさを私に教えた。
高度成長時代と呼ばれた時期を子供時代に重ねて過ごしました。
家電の普及、モータリゼーション、オートメーション、PCの台頭.. et cetera
今日に至るまで、その恩恵を享受したことは明らかだけれど、同時にそれは喪失の歴史であったと思う。

広がる野原、小魚と戯れた小川、その先を隠した森、雨が降ればぬかるんだ道‥ 私の原風景。
それらは容赦なく消えていった。 私は今もそれを求めてここにいるのだと思います。
不可逆な時の流れはこの地でも同じだけれど‥ 今、四季さへ私は失うようだ。 

私の見ている場所、歩いている場所はとても狭い。 長さにして数キロの区間の千曲川の東側の段丘。
その段丘斜面と台上、その間に差し込む小さな谷、それらに残された小さな林や森。
たまには近傍の山に出かけることはあっても、9割以上の時をその中と傍らで過ごしています。

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ここは一番近い段丘台上。 段丘は平均高さ100mほど。 家を出て10数分でここに出ます。
私もかつてはこの台上に住んでいましたが、今は段丘底、千曲川の傍らの住人です。
遠くに見える少し色づいた山並みは対岸の段丘斜面、さらに奥に連なるのは八ヶ岳連峰です。


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この日は11月1日。 移り住んだ30数年前なら紅葉はピークを過ぎた頃でしたが、今は色づきも浅いです。


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手つかずの天然林も残っていて、毎年フクロウも営巣しています。
その声は部屋でも聞けますし、たまには夜の散歩に斜面をのぼります。


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台上には未舗装の道や野原も残っていて、季節の野草の時季をここで知ることも多いです。


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段丘の台地は狭く、すぐその奥の山が迫ります。 地質的には秩父山系西端となります。
この山は同じ町内の茂来山にも繋がっています。 何度か試みましたが、険しく到達できませんでした。


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台上にはお気に入りの桜が三本。 エドヒガン系の少し枝垂れる古木です。
根元から分幹しているので多く見えますが、三本の桜です。

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気に入った場所で時を過ごすのが好きです。 だから移動距離はたいてい少ないです。 
同じ場所で一日を過ごす‥すぐにできそうで未だできずにいます。 木の生き様は私の憧れです。


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時間は二週間ほど飛びます。11月も中旬です。家から2㎞ほど千曲川を遡った仕事場にほど近い場所です。
同じように段丘斜面が続いています。 広葉樹は殆ど葉を落とし、落葉松が色づきを強くしています。


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この辺りは千曲川と段丘斜面がほど近く、民家がほぼ一列に並びます。
この僅かな空間に県道と小海線(JR)が平行して走っています。


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仕事場外から見た段丘斜面です。 すぐ横を小海線が通っています。 私は県道から撮影しています。


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一陣の風が僅かに残った木々の葉を舞い上げました。 どこにもピンのない写真になりました(笑)


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気を取り直して風を待つも、もう舞い上げる葉もないようで… 間もなくお昼休みは終了となりました。


写真を撮るために出かけるということがなくなりましたが、コンデジはいつも持っています。
カメラは私にとってのもうひとつの目です。 衰えた目と不自由なコンデジは良く似てると気に入ってます。

紅葉は秋を象徴する現象です。 それに異変を感じるようになって久しくなります。
最初は紅葉の時季が少し後ろになったという感じでした。 夏の暑さが厳しくなっています。
それは木々を含む植物にも同様なんだと思うに至っています。
以前も書いたように思いますが、光合成は25℃前後が最適な温度であるといいます。
植物は唯一の生産者であり、この地球(ほし)の命の根幹です。
私も製造業に従事しているので、何かしら製造できている気になる危うさはわかりますが、私たちは一方的な消費者に過ぎません。 植物の生きて成長することには消費が不可欠です。
ただそのためのエネルギーを自給できる術を植物は持っています。 
その能力が強力で、余剰に生産されたものが全ての命を支えています。
その植物、とりわけ木々が窮状に晒されていると私は感じています。
四季のあるこの国では落葉広葉樹が美しい森を形成してきました。 落葉広葉樹は冬に葉を落とします。
それは厳しい冬を乗り切るための術です。 
日照が短くなり生産が消費に追い付かなくなる前に、木々は葉への水などの要素の供給を遮断して自らを守り休眠します。 木々に遮断された後も、葉は光合成を続けるのだといいます。 
木が受け取ってくれない産物が葉の中に蓄積し、それが化学変化して美しい葉の色を生むのだといいます。
なんとも複雑で巧妙な仕組みを獲得したものだと思います。 
私は研究者ではないので定量的なことはわかりません。 
しかし30度を遥かに超える高温化下の夏、葉を萎らせた木々を多く見ます。
夏の高温は容赦なく木々から水分を奪います。 弱った葉は抵抗力がなく、病気や食害が目立ちます。
かくして秋を彩った紅葉の繊細なメカニズムは機能を失ったかにみえます。
日が傾き気温も幾分落ち着いた季節、木々に残った葉はすでに枯葉や朽葉ばかりが目立つことになります。

私の周囲の多くの場所で、かつては目を見張ったような紅葉が姿を消しています。
長い時間の中では、木々も遷移を遂げて、新しい風景が生まれることでしょう。
人間のことですから、新たなテクノロジーを用いて対処しようとすることでしょう。
かつての紅葉の美しさを知らない世代なら、そこに何の違和感も持たずにすむことでしょう。
SF世界ではこの地球(ほし)を離れても生きようとする人の姿が描かれます。 ‥それでも

 
私は秋という季節が好きです。 自分が秋生まれだからでしょうか?
厳しい時を生き抜いたことを誇るように燃え上がるような紅葉を纏う木々‥

人生の最期にそれを失うことが とても寂しいです。


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# by moraisan | 2025-11-25 11:02 | 自然 | Trackback | Comments(4)
野のサルビア‥    キバナアキギリ


花壇や植え込みにお馴染みの赤いサルビアですが、野に咲くサルビアはあまり知られていない気がします。
学名 Salvia nipponica の名の通り、日本固有の (近縁は台湾に)サルビアです。


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サルビアは萼片まで赤いので花落ちが目立ちませんが、こちらはすいぶん花付きが悪く見えます。


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シソ科の中では大ぶりな花は、巧妙なギミックを備えています。


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蛇の舌のように先割れで長く伸びているのが雌蕊。下の花弁に乗っているのは仮雄蕊です。
なんとなく上の花弁の中に透けているのが本来の雄蕊です。
花蜂が仮雄蕊に乗ると本来の雄蕊が降りてその背に花粉を付けるそうです。


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自家受粉を避ける仕掛けと思いますが、このような知性はどこから‥ いつも思います。


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よく見れば花弁の上にこぼれ残る花粉。雄蕊の役は終えたようです。
空中に長く伸びた花柱(雌蕊)が飛来するハチの背に上手く触れることができるのでしょうか?


この花に限らず、多くの花たちが巧みな仕掛けで命をつなぎます。
生まれ成長し営み子孫を残して姿を隠す‥ 時間と姿に違いこそあれ、同じ理(ことわり)の中で人もまた。


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# by moraisan | 2025-10-01 17:56 | 山野草・樹木 | Trackback | Comments(0)
空を撮る人‥


昨年、尊敬していた大先輩が没せられた。
旭川に住んだ過日、とある仕事を通して親しくしていただきました。
没年93歳、親子ほどの歳の差でしたが、30数年前の当時はそれを感じさせない偉丈夫な方でした。
一年余あまりの間でしたが、濃密な時間を傍らで過ごさせていただいた思いがあります。

この春その方を追悼する小冊子を作ることとなり、私も小文を寄稿することになりました。
光栄なお誘いでしたが、おそらく誰より短いお付き合いの身、恐縮ながらお受けしました。

『空を撮る人』とは、まさにその方のことです。
写真でも多くの仕事を残された方でしたが、日課のように空にカメラを向けておられました。
当時はフィルム時代、私には空にフィルムを費やす余裕はありませんでした。
‥今日の空は今日だけのものだもの‥ 問う私にそんな答えが返ってきました。

今私は当時のその方の年齢をだいぶ越えています。
カメラ機材も手放して、コンパクトカメラひとつ‥ 何を撮らなくても、日課のように空を撮ります。
今日だけの、今だけの空‥ 今は少しその意がわかる気もしながら。


だいぶ秋の気配を感じるこの頃ですが、陽射しにはまだ夏の棘を感じます。

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年齢がそうさせるのか… 今は夕暮れ時が一番好きです。


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繋がる空のどこかしらで激しい天候が… そう思わせる空が増えた気がします。


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夏の雲と秋の雲のせめぎあい‥ これもよく見る空です。


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空は世界の厚さを、生きる世界の薄さを‥ 同時に私に教えます。


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手前の雲と奥の雲‥ それはまるで隣り合わせるパラレルワールド。


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雨上がりの空‥ 以前なら撮らずに通り過ぎたかもしれない、今日だけの空。



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# by moraisan | 2025-09-21 20:56 | | Trackback | Comments(2)
シロバナサクラタデ‥

私の周囲では稀に見られる部類の花です。
タデの仲間ではやや遅く、秋の花といった趣です。

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立ち姿の美しい花だと思います。


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長い花穂の納まりにも、どこか気品を感じます。(私だけ?)


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サクラタデのような目立つ花ではないですが、眼を惹く花を咲かせます。


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しかしそれは半開にとどまります。 ‥好きなタデの筆頭かもしれません。



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# by moraisan | 2025-09-13 12:49 | 山野草・樹木 | Trackback | Comments(0)