逃遷の桃‥
  
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  千曲川の堤外(河側)に、ぽつんと一本の桃の木があります。

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  伸びやかに枝を張った姿に、桃と言う木の本来の姿を見るようで、毎年楽しみにしています。

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  こんな場所にありますから、この木が人の手に植えられたものでないのは確かです。

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  誰の手も借りず、毎年毎年見事な花を咲かせています。

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  今は雪しろを得た千曲の川水が豊かな頃ですが‥

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  年に何度かの大水のの時など、膨れた水が根元を洗いそうに迫るので、冷や冷やさせられる事もあります。

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  見ているうちに日暮れ時が迫って来ました。 この花も後数日のことでしょう。 ‥それからは また一年です。


                        ※写真はクリックで拡大いたします。





 
この桃の木が、どのようにしてこの場所にあるのか‥ はっきりした事由はわかりません。

最初はカラスのような鳥が運んだものかとも思いましたが、その実も種もずいぶん大きいですから、寧ろ人がゴミとして投棄したものからの実生ではないかと思っています。 
残念と言うよりは怒りが勝りますが、近年益々増える一方のゴミの不法投棄です。

飽くことのないコンクリート護岸の難をのがれて、このあたりの堤は古い石積みの護岸です。
もうその石も見えないくらい様々な植生が覆って、強固な堤を作って久しいのですが、近年アカシヤや柳の多くは伐られてしまって、写真のように、ずいぶんさっぱりとしたつまらぬ姿になりましたから、数年後にはコンクリートブロックで護岸する破目になるかもしれません。

それでもこの桃の木の一本が、伐られることなく残ったのは、堤の内の田んぼや畑で汗する人が、やはりこの木に心と身体を休めたからかもしれません。

誰も見向きはしないようですが、この木はやがてたわわに桃の実を実らせます。
摘果などしないので、その実は子供の拳くらいと小さいですが、それなり大きな実は花桃の小さな実とはことなって、十分食せるものとなります。

ただ市販の桃と比べたら甘み少なく酸味の強い、それは幾分野趣を感じる味です。
消毒などされないので、長雨の年には見る間に疫病など広がって一気に腐ってしまいます。 
とは言え果実を好む鳥たちさえ、その時期は雛たちに虫を運ぶことが多く寄らないので、この実の味を知るのも、案外私と虫たちくらいかもしれませんが‥

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by moraisan | 2012-05-13 11:02 | 山野草・樹木 | Comments(8)
Commented by saheizi-inokori at 2012-05-13 11:41
ああ、失われていくものがここにもいた。
切ないです。
Commented by moraisan at 2012-05-13 15:15
>saheizi さん、こんにちは。
お察しいただいたようで、こちらの方が胸詰まる思いでおります。
全てを言葉に吐き出せば、吾身も人も呪ってしまいそうなのを‥ ファインダーを覗くことで戒めている次第です。
かつてここには遠望する橋の袂まで、ニセアカシヤやヤナギ、ヌルデやサワグルミからなる河畔林と、
ノイバラやハギが作る美しい藪がありました。
Commented by honeyfire at 2012-05-13 17:24
お久しぶりです。

以前日本が恋しくなった頃、島崎藤村の千曲川のスケッチは愛読書の一つでした。
色々情景を思い浮かべていましたが、これが千曲川なんですねえ!
どこからか種が運ばれて健気に育ってる桃の木に励まされるようです。
まるで抱擁してくれるような美しい枝振りですね。
願わくば、これからもずっとここで元気に育ち続けてほしいですね。
Commented by ILmoon at 2012-05-13 17:56 x
また、来年になるね。また花をお見かけするとしたら・・・さようなら。
そんな、切ない想いにすらなります。
でもね、そのためにいっぱいの光を浴びる葉がキラキラほこります。
楽しみにしていますよと 目で追う 散り行く花びら
風も 土も 水も 木も 草も 
忘れかけた自然の美しさを教えてくれます。
そう。そうなのに。投げ捨てられたゴミ。
持って帰ればいいのに、きちっと結ばれて放りだされたビンール袋
ジュース缶もコロコロ。
いっぽう堤は全部機械で刈られて、大事な植生ぶち壊し。
消えて行った堤や川岸の野草たち。今は見ることのない希少花。 
Commented by moraisan at 2012-05-14 07:13
>mira さん、お久しぶりです。 お訪ねいただき嬉しいです^^
信濃川と名を変えて日本一の長河となる千曲川、遠目には美しい景観も残るように見えますが‥ 実態は深刻です。
いつの頃かではなく、私の生きた時間の全てが、真に価値あるもの美しいものを失い続けてきた歴史です。

人の計らいがなくても、なければでしょうか‥ 一本の木でさえあるべき姿を知ゅていてそこに向かいます。

この桃の木、良い姿でしょう。 美しいでしょう。 
でもこの木の傍らにさえ、ゴミは積むのです。 ‥拾っても拾っても。
Commented by moraisan at 2012-05-14 07:38
>ILmoon さん、おはようございます。
ただ人が生きていくことに、これほどにまで壊し、殺し、汚し続けなければならないのなら‥ 人の未来はあるのでしょうか。

この春はこの桃の木一本は残りました。 でもこの桃はひとりここに生きたわけではありません。
いつか花の無い頃に、春の日の姿も忘れられたまま伐られてしまうかも知れません。

なにより変わり果ててしまった景色の中で、この木も力を失っていくかもしれません。
Commented by kawasusonomiya at 2012-11-08 20:07
ブログ友のところからこちらへ、初めて、訪問させていただきました。
桃の木ほんとに、美しい姿ですね。枝ぶりも!上記、moraisanのコメントを読み、思いが、よくよく伝わり、共感しています。
また、訪問させていただこうと思います。
リンクいただいて帰ります。どうぞ、よろしくお願いいたします。
Commented by moraisan at 2012-11-08 22:01
> kawasusonomiya さん、ようこそ。こんばんは。
よい桃の木でしょう。 初め気づいたころ‥十数年前になりますが‥まだずっと頼りなくて、花数も少なかったのですよ。

しばらく気にもとめない数年が過ぎたとある日、伸びやかに枝を張ったこの木に再び出逢いました。
川の姿の変わってしまうような台風もありました。大きな柳が何本も濁流に流されるのを見た日も‥ この木は残りました。


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