漂北の桜‥
  
  遅れに遅れた山里の桜は、四月末の夏陽気に三日で咲いて五日目には散り敷いてしまいました。
  例年訪ねる桜のいくつかの下に立つこともなく過ぎてしまい、私は珍しく桜のあとを追いかけることにしました。

  五月五日、桜はすでに故郷函館を過ぎ、道北の友人からエゾヤマザクラの開花の便り‥
  私の追いかける北は水平にではなく、垂直方向に‥ 標高1100m、茂来山中腹に咲く染井吉野でした。

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  標高も1100mとなれば、山桜もそろそろ限界の高度にこの染井吉野はあります。
    
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  桜花を愛でる人の常を認めつつも、私にとっての桜はまず木です。 大好きな木です。

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  これほど見事に地衣を纏う木を私は他に知りません。 それは風雪を生き抜いた人の姿にも映ります。 
   
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  邂逅から二十余年、その過ぎた時間を木の姿に見ることができる‥ そんな不思議な木でもあります。 

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  もちろん花も美しいです。 花の大きさ形の揃いにおいて、染井吉野に勝る桜はないのではないでしょうか。

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  少し陰の下枝にはまだ蕾のものさへ見つけられて、足早に過ぎようとする春に少し追いついた気分です。

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  枝の一所に小さな宿木があることに初めて気づきました。 ああ、この木も壮年を過ぎたのだと ‥思いました。


                         ※写真はクリックで拡大いたします。





 
 この染井吉野に出逢ったのは、もう二十年以上前のことになります。

茂来山の登山道と思えた道の先に思いがけず現れた一軒の家には、当時一人のご老人が住まわれていました。
電気は引かれていたし、テレビのアンテナもその屋根にはありましたから、隔世の人とは思いませんでしたが、
山からの清水を引いて、山羊や鶏を飼い、小さく拓いた畑のあるその場所は、少し開けていつもとても明るい感じがしました。
そこの一本の染井吉野に目がとまったのは、その木がたいそう立派な三本幹を空に広げていたのと、相応高いその場の標高からでした。

屋敷内を通るのに嫌な顔ひとつされぬことをいいことに、私は年に一二度はこの桜の傍らを歩くようになりました。
それでも花の頃のこの桜を見上げたのは、ただの三回にしかすぎません。

いつしかご老人の姿は見えなくなり、清水をせき止めて岩魚を放っていた小さな池もほとんど枯れてしまったけれど、
この染井吉野はその本来のままに幹を伸ばし枝を張り、今年は何とも見事な花盛りを見せてくれました。

染井吉野の寿命は一説に人の寿命ほどだと言われています。
諸説はありますが、その生育と老成の早さは目に見てとれるほどで、人の手を借りぬなら、おおよそその程度の樹命かと思います。

これほど染井吉野が好まれて多く植栽されたのは、まるで人の一生に寄り添うように年を重ねるから‥ ふと思ったりします。
  
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by moraisan | 2012-05-09 22:34 | 山野草・樹木 | Comments(8)
Commented by saheizi-inokori at 2012-05-10 09:42
老人の影はみえませんでしたか?
都会の桜と違う樹のように見えます。
Commented by namiheiii at 2012-05-10 10:35
茂来山の一本の老桜に寄せる想い、老人の姿と重なって心に響きました。
Commented at 2012-05-10 20:37
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by moraisan at 2012-05-10 21:00
>なみへいさん、こんばんは。
私の妄想はさらに続きます。
実は敷地内の離れた場所に、少し若く感じる染井吉野がもう一本あります。
ご老人には私とそう歳の違わぬご子息女があられて、その誕生を記して桜を植えられた‥のではと。

最初に見た時のこの桜は、まだ纏う衣も少なくて若やいで見えました。
あれから共に二十年余、私も二人の孫を得て老境の端に着きました。
この春この桜の下に立ち、同じように歳を重ねられたか‥ はなはだ心もとない思いにかられていますが。
Commented by 茜未 at 2012-05-10 21:20 x
お近くに素晴らしい桜があるのですね。
私も見てみたいです。
花は咲いていなくてもいいので行ってみようかな。
Commented by moraisan at 2012-05-10 23:56
>茜未さん、こんばんは。
かつての里塚や駒繋ぎ、あるいは墓所などに見事な桜を多く見ます。

個人の敷地の桜であるので、積極的にご案内はできませんが、花の時期ならば捜せるかもしれません。(徒歩ならば‥)

花のない時期にも見事な染井吉野は存外少ないと思います。
人の手に始まった桜が山の計らいの中で生きた姿を、この桜は教えてくれます。
Commented by ILmoon at 2012-05-11 00:29 x
水平に、そして垂直でも桜は過ぎて行きますね。
バトンタッチを受ける花はなんでしょう。
そうそう、ソメイヨシノに続く八重桜が楽しみなのでは・・・・。
さて、桜によせる人生観。
幹に残るは痛々しきほどの傷の跡。
されど、わずかとはいえ枝先に忘れじの花びら 風に揺れ
春を忘れなかっただけでも吉となす。
Commented by moraisan at 2012-05-12 07:37
>ILmoon さん、おはようございます。
花は過ぎていったのに、季節は少し後戻り‥ 八ヶ岳は白く化粧して、桜前の気候です^^;

桜が遅かったので、多くの花が同時もしくは逆転して咲きました。
続く花は何でしょうか‥ 茂来山ならツツジの花が待たれる頃です。


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