さらば女神たち‥
  
  やって来るのが少し遅かったようです。 根雪は二月の陽気融けて、残る雪は先日の かみ雪でした。
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   霧の女神の名(クナウ・ノンノ)をもらったこの花も、こうにぎやかだといたずらな童子(わらし)のようです。

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  でもこの春は、彼らの傍らに腰を下ろすことがかないませんでした。  

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  なんでも鹿がこの斜面の土を崩すのだとか‥ 斜面のぐるりを高い網で囲ってしまっていました。  

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  いくらか網の垂れた場所からレンズの力を借りて眺めた花‥ なんだかどちらかが囚われているという風でした。

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  写真を撮ることよりは、その傍でゆっくり弁当をつかうのが毎年の楽しみでありました。 

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  きっとこの花たちを守ろうとしたのでしょう‥ 地所の持ち主の気持ちは私にもわからなくはありません。

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  ただ私は、鹿の蹄にかかることを厭う花を知りません。 それが野山に咲くものであれば‥

  どうして人は あるがままを変えてしまうことと、

  移ろい変わることを許さぬことに、これほど執着してしまうのだろうか‥

  無常であることの普遍が、今これほどに見事に花を咲かせているというのに。 ‥立ち止まる人もいない。

  私がこの場所を訪れるのは、これが最後かもしれない‥ ふとそんな思いが過ぎりました。

  だから さようなら女神たち。 ‥初めて口をついて出た言葉でした。 



                        ※写真はクリックで拡大いたします。
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by moraisan | 2010-03-15 07:10 | 山野草・樹木 | Comments(14)
Commented by 74mimii at 2010-03-16 14:22
かみ雪に歌い踊る女神たち!
澄み切った空気が陽気にも感じられ幸せな気分になります。
黙って耳をすませ感動に浸って・・・
Commented by moraisan at 2010-03-16 21:53
>mimi さん、今年も会うことができました。
この場所のような群落は、私の周りでは少ないのです。
北西向きの斜面は周囲より雪解けが遅いことが、この花を守って来たように思います。
他にさきがけて伸びをし笑うように咲く花は、福寿草の名にふさわしいものです。
Commented by 茜未 at 2010-03-17 10:08 x
ご無沙汰しておりますm(_ _)m
見事な福寿草の群生ですね。雪の間から元気そうに顔を出す姿は良いですね。
今年は何度も降る雪に思うように行動できずに福寿草も撮り損ねてしまいました。
Commented by namiheiii at 2010-03-17 10:46
こんなに見事な、しかも野生の群生を見るのは初めてです。囲いたくなる気持ちも分からぬではありません。雪の残る地方独特の長い茎も目を惹きますね。
ご転勤ですか?コメントからふとそんな気がしました。
Commented by ironsky at 2010-03-17 21:27
私は雪国生まれなので、福寿草の花を見ると、春の訪れを感じます。
子供の頃、福寿草の花の近くにゴザを敷いて、お弁当を食べました。
Commented by nenemu8921 at 2010-03-17 21:32
こんばんわ。すごいところに暮らしておられるのですね。
すばらしい群落ですね。野生の福寿草って、本当にあるのですね。

どうして人は あるがままを変えてしまうことと、移ろい変わることを許さぬことに、これほど執着してしまうのだろうか

お言葉に、賢治の「どんなものでも変らないものはないのです」(「めくらぶだうと虹」)を思い出しました。

つい、賢治を連想してしまうことが多くて、ごめんなさい。

Commented by moraisan at 2010-03-17 23:15
>茜未さん、こんばんは。
こちらこそご無沙汰しております。 
時々ブログを拝見させて頂いては、花々の咲く頃を知り思いをはせています。
お忙しくされている中にも、精力的に撮影されていますね。
お天気と自由な時間が重ならず、盛りの花に出会えぬことはよくありますね。
私がこの場所を訪ね始めて10余年‥ 茜未さんがセツブンソウを今年も訪ねその姿を残した気持ち、わかるつもりです。
Commented by moraisan at 2010-03-17 23:50
>なみへいさん、こんばんは。 コメントいただけて嬉しいです^^
この場所の福寿草は土地の人には古くから知られているようですが、
このような場所が出現したは半分人為です。
標高1100メートルほどの場所にあるこの集落につながる生活道路が山肌を切った時、
斜面の木が伐られた結果、このような日当たり(決して良くはないのですが)できて、群落ができたようです。
道をはさんで谷側の斜面は木々が多いためでしょう、花数はまばらです。
転勤ではありません‥ いつも言葉足らずです^^;
網越しに花たちに対峙することにいささかショックを受けて、耐えられない気持ちになってしまいました。
私自身は自然の移ろいに消えるものはそのままに‥ そう思いますが、難しい問題です。
Commented by moraisan at 2010-03-17 23:58
>ironsky さん、こんばんは。
私も雪国生まれですから、お日様を地上に降ろしたようなこの花に、春の喜びを強く感じます^^
寒さに強そうに思えるこの花ですが、開花には十分な気温が必要なようで、
雪とともに開花を見られる場所は限られるようです。
Commented by moraisan at 2010-03-18 00:45
>nenemu8921 さん、こんばんは。
なみへいさんへのお返事にも書きましたが、この群落の成因は半分は人為です。
以前山で仕事をしていたおり、冬に伐採した場所に一面のカタクリの大群落が出現して驚いたことがあります。
当然以前よりあったものですが、それを抑えていたものを人の行為が崩してしまった結果ですね。
以前は炭焼きも盛んに行われた里山は、明るい林と豊かな下生えをつくりましたが、今は荒れて見える姿が目立ちます。
人の短い生涯に出会う光景を、惜しむも嘆くも讃えるもあるわけですが‥ それも身勝手なことかもしれません。

賢治さんの世界は、強く信仰にささえられているものですから、私など届きようもないのですが、
『春と修羅』序、 わたくしといふ現象は‥ この書き出しが私にとっての賢治の全てかもしれません。
唾し はぎしりゆききする ‥ばかりですが。
Commented by odamaki719 at 2010-03-21 10:46
こちらのアップには気づかず失礼しました。
凄い数の福寿草ですね。こんなに沢山の福寿草を初めて見ました。
Commented by moraisan at 2010-03-21 15:25
>odamaki719 さん、こんにちは。
いつもコメントをありがとうございます^^
福寿草は庭先ににも良く根付くようで、この辺りではどのお宅の庭にも早くから見かけます。
ただ自生なると限られて、このような群落は非常に稀なようです。
何かの条件で樹冠が開けば群落となり、林の形成と共に数を減らすのが、この花の当たり前の自然史なのではないでしょうか。
Commented by ハト at 2010-03-30 17:34 x
いつもちまちましたまるで内緒ごとのような福寿草をブログで見てました。
こんなにも大らかな福寿草はじめてです。いつもまたかって見ませんでしたから。個人的な交流に思えてました。
「さようなら」この言葉は二つ関連した記事を想起します。
北海道に貨物新幹線を通す計画と日本列島の各地方の試験場で
温暖化にあわせて研究を進めている記事とがからむんです。

たまたま私の知り合いが蚕の研究を職業とし、その後も失われる種類の花の
研究を独自にしたので、この自生の福寿草の記事はその人の情熱を
思い起こしました。
自生の種からかけ合わせて新しい種をつくり、すぐ手放しました。
林の中の花と違うと直感したのですか。
利益はすべて人に譲ってその花への関心を終わらせたんです。

moraisanのこの記事を読んであっさり手放した訳がやっとわかりました。
Commented by moraisan at 2010-03-31 23:02
>ハトさん、こんばんは。 お返事遅くなりました。
それが人の作り出した環境であったにせよ、それを受け入れてこれほどの群落になって咲く様は、
毎年の春始まりの楽しみでした。

夏の始まりと共に跡形もなく姿を消すスプリング・エフェメラル‥ 
長い眠りから覚めた花は、ほかのどんな花より素直に日に応じて開け閉じし首を振るので、
一日傍にいて飽きることがありません。

当初鹿の蹄から守るためと聞いていた張り巡らされた網は、後日人の盗掘からの防御と聞かされました。
奪うことも守ることも‥ 遠ざけてしまうことになることが、残念でなりません。


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